こんにちはももこです!ずっとこのことについてブログ書こうと思いながら、もう1か月経過してしまいました。ですが、どうしても伝えたいことがあり、書こうと思います。
離婚について
Twitterで伝えたのですでにご存じの方もいると思いますが、昨年12月に離婚しました。プロフ見ると「稼いだから離婚なの?」そう思う人もいるでしょう。
これについてTwitterで触れようと思ったのですが、140文字ではやはり伝えきれない、そう思いブログ記事にしました。
実はずっと考えていました。というか私が稼ぎ始めて数年経過してから、ずっと私は主人の顔色を伺っていました。
最初ブログで10万ちょっと稼いだ時は「たまたま?」なんて二人で言い合っていました。自分でも正直「これは今回だけだね」って思ってました。
でもその後、のめり込んでどんどん進めていくと報酬は安定して数十万稼げるようになりました。
そして1年2年経過するとき、私は稼いだことを主人に言えなくなってしまいました。
ある日、主人が「すげえじゃん。お前って凄いよな」と言ってくれた時、本当にうれしかったんです。
でもその時の表情が何か腑に落ちない、何というか・・・
そして離婚する数週間前、実は話し合いをしました。
今後どうしたいか。そして私は自分のことを本当はどう思ってるのか、聞きました。(今さら何をって思いますよね。でも一緒に生活していても本音で話せないところもありました)
すると予想外の言葉で衝撃でした。
「俺さ、お前に嫉妬してたんだよ」
まさかの言葉…一瞬意味がわかりませんでした。
実はプライベートなことで書かなかったのですが、主人が飲食店で体を壊したとき、お休みして復活するかやめるか、かなり悩んだんです。
でもドクターが「このままだとご主人死にますよ」と言う言葉で私は仕事を辞めて欲しいと頼みました。
でもその時、そうはいったものの、お金もなく怖かった。でもこれが正しい判断だと思いました。
しかしその後主人は仕事は見つからず、飲食店のパートになりました。
今まで店長で頑張ってて、エリアマネージャーにもなるはずだった主人…
プライドはズタズタだったんですね。でもこれに気づけませんでした。
そして離婚の数週間前に、主人の本音が聞けました。
あの時は辛くて、生きていく気力がなかった。俺は戻りたかった。
今思うと、もっと早く本音を聞けたら違っていたかもしれません。
その頃、主人がずっとパートだった時、一方私の方は安定して稼いでいました。
でも頑張れば頑張るほど、どこか距離が遠くなる気がしました。
税金の納付書が郵送され、開ける主人…
「え?こんなに稼いでるの?」
でも稼いでも不安でした。いつまで続くかわからない。
もう生活費が底つく経験をしたくなくて、本当に必死でした。
頑張れば大丈夫、私なら。そうずっと支えていました。
それから数年後・・・
そして、離婚がお互いにとっていいのかなという結論になりました。
主人に頼っていた結婚生活
情けない話ですが、私はずっと主人を頼っていました。一人暮らしも今回が初めて。
主人は一部上場企業に勤めていたので、私はずっとパートで稼げばいいかぐらいでした。
歳も離れていたので、頼るのが当たり前と言ったら失礼ですが、本当に何でもやってくれました。
私はTwitterにも書きましたが、身体が弱く、仕事も続かなかった。
そして自信もありませんでした。
結婚して、子供産んで、家のことやって、主人をサポートして‥と思っていました。
でも、主人の入院、退職をきっかけに、ブログに集中し、自分自身も変わっていきました。
年齢、性別、学歴、関係ない、実力の世界、この世界が好きになりました。
まぁ今考えると、こんなこと言ったら怒られるかもしれないけれど、あの時辛くて、ひたすら現実逃避したかったのかもしれません。
やっと自分の足で
その後、ブログが日常の一部になり、毎日パソコンを触ってないと気持ち悪いくらいになってきました。そしてパートを辞め、専業でブログを始め、今に至ります。
とはいえフリーで働くって正直大変です。何もかも自分でやらないといけない。
そしてブログの世界は順位一つで報酬も変わる厳しい世界でもあります。
でも、そんな世界でも、身体が弱く、パートも続かなかった私には、これしかないと思える世界に変わりました。
そして、母の言葉が最後、私の背中を押しました。
1年前元気で数十人の友人に囲まれ、いろんな習い事をしていた母。そんな母がある病気になり今は歩行が困難になってしまいました。
その母がこういったんです。
「人生は一度きり。○○には後悔してほしくない。もうお母さんあの頃には戻れないよ」
何だかずしっと刺さる言葉でした。
いつもそうなんです。人生の節目の時、母の言葉がなぜか私の言葉に響きました。
そして、今だ、変わろう。そう思いました。
不思議な出来事
そして、これは本当に不思議なのですが。
離婚するかもしれないと思った時、我が家の隣の家が新築工事を始めました。毎日うるさくて、私も自分の家なのに落ち着かず・・
その後、体調不良・・・
何を意味していたのかわからないのですが、とにかく、家にいても落ち着かない日々が続きました。
そして救急車に運ばれ…
そして離婚を決意する時がやってくるのですが、不安で不安で夜も眠れませんでした。
決めたことなのに、まだ起きてないマイナスなことを考えては怖くて夜一人泣いていました。
そして、思ったんです。やめればいいのに。じゃあこのまま夫と一緒に。そう思いました。
でも、なぜかその結論にはならない。そして朝起きると隣の工事の騒音・・・
ネットカフェに通う毎日になりますが、そこでいろいろ考えました。
でもその後引っ越しの物件を探し始めたら、もう気持ちはそっちにいきはじめました。
しかし、体調は相変わらず、最悪でした。
不動産の場所まで一人で行けないのです。具合が悪くて・・・苦笑
電車に乗ると気持ち悪くなり、ホームで休憩。そしてキャンセル。
もう無理だと思いました。やっぱり自分には無理。戻ろう。何度もそう思いました。
まさに変化の時はこうなのでしょうか。
この時、主人が救急車に運ばれた5年前を思い出しました。
あの時も体調が悪かったのですが、運命が動くときはまさに変化の時。そして私の中では体調もどうやら変わるようです。
そして目まぐるしく忙しかったです・・・
一人暮らしスタート!
そして物件が決まり、引っ越し当日。
妹が手伝いに来てくれました。
そして車で新居まで私を乗せてくれました。
「お姉ちゃん。いいんだよ。お姉ちゃんが幸せそうにしていれば、結果すべてオーライ」
妹はそう言ってくれました。
忙しくてなかなか会えなかったのですが、家族っていいな。本当にありがたいなと思いました。
そして不思議なんですが、新居についたとたん、不安は消えていきました。
そしてなぜか、景色が、家具が、応援してくれてるように感じました。
“大丈夫。がんばれ!”そう言ってるかのように…
最後に
離婚。引っ越し。一人暮らし。本当に大きな変化でした。
これからどうなるかわかりません。そしてもう頼りたくても主人はいません。
でも、なんか生まれ変わったような感じです。
まさかこんな人生になるなんて5年前、予想していませんでした。
何が起こるかわからないのが人生ですが、ホントそうですね。
もしかしたらまた落ちるかもしれません。
でも何度も落ちたので、今度は笑って迎えたいです。
そして最後に、伝えられなかったので、ここで伝えます。
主人へ。ありがとう!
いろいろあった10年、本当に一言では伝えられない。
あのピンチがあったからこそ、今ここにいます。
今までお世話になりました。
旅の始まり
そしてここから私の旅が始まります。
どんな旅になるかわかりませんが一歩一歩進んでいきたいです。
ももこ
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